◇◆絹(シルク)について◆◇
最初にシルク利用が始まったのは中国とされており
その歴史は数千年前(4700年以上前)まで遡るといわれています。
蚕から糸を紡ぎ出し、織物を作ったのが始まり・・・と考えられているようです。
はじめは中国の王侯・貴族の独占物で国外への持ち出しが厳重に規制されていましたが
貴族たちが好む玉(ギョク)すなわち鉱物(翡翠など)と交換した絹織物が
中近東からヨ―ロッパ・北アフリカを結ぶ東西交易路を通じて
各諸国に伝わったとされています。【紀元前3〜4世紀】
この交易路が、のちの『シルクロード』となります。

一方、日本へのシルクの伝来は詳らかにはされていませんが
シルクロードが出来る前の、弥生時代の遺跡から絹織物が出土したことから
その頃には絹織物が作られていたと考えられています。【紀元前5〜3世紀頃】
また、魏志倭人伝には238年 邪馬台国の卑弥呼が魏国の王(当時の中国)へ『斑絹』という絹織物を送り
その返礼として、中国の絹織物を下賜されたと伝えられています。
邪馬台国時代の古墳から出土した『斑絹』と当時の中国の絹織物との糸使いが異なっていた為
その当時には、すでに日本独自の絹織物の技術が存在していたと考えられます。
その後、7世紀中頃から増えた、中国大陸や朝鮮半島からの渡来人によって
中国の先進的な技術が持ち込まれ、渡来人達が担い手となって日本各地に広まり
産業として発展し形成されていきました。

(抜粋:独立行政法人 農畜産振興機構『シルクの知識』より)



◇◆組紐について◆◇
さて、組紐はというと弥生時代の前、縄文時代の土器の文様に圧痕が見ることができます。
つまり、人がまだ裸に近い状態で生活していた頃
既に組紐が、人との生活につながりを持っていた事がうかがえます。
おそらく最初は、道具を使わず植物の茎や蔦を組みこんだ紐が原点だと思われます。

組紐とは
『1本以上数本の糸を1単位にし、それを3単位以上一定の組み方に従い交差してできた紐』 の事をいいます。
古の先人達はそうすることにより、紐の強度が増しより実用的に使える事を知っていたようです。
繊維技術の発達の過程は、【組む】【編む】【織る】という順序であり
もっとも古くから用いられていた技術が『組紐』といえます。

古墳時代には刀剣下緒などにも用いられていたようです。
その後、仏教の伝来と共に奈良・飛鳥時代には高度な技術が伝わり
平安・鎌倉時代には日本独特の技術が相まって一時代を築いたとされています。
奈良・飛鳥時代の技術は 現在も生かされており
この時代辺りからが、現在に通じる組紐の『始まり』といっても良いかもしれません。

戦国時代には、実用的な武具紐が甲冑や兜などに施されるようになりました。
また室町時代には、茶道・華道と共に装飾用として多く用いられるようになり
武具紐とは違い、華やかで豪華な紐もたくさん作られましたが
まだまだ、一部の階級以上の持ち物でしかありませんでした。
江戸時代中期以降は
『羽織紐』『帯締め』『根付』など、庶民の人達にも組紐で作った製品が浸透し
打紐師・細工職人という技術者や紐屋といった専門店まで出現しました。
明治時代に入ると『廃刀令』により刀剣下緒などの需要が激減し
その後は 和装の『羽織紐』『帯締め』などが産業を担い、伝統工芸として歴史を支えてきました。

戦後、和服から洋服へと人々の服装は大きな変化を遂げ
現在は日常的に『組紐』を目にする機会もだんだん減っていってしまいましたが
最近では、着物を着る方がまた増えたり、『和柄』小物を身につけたりと
日本の文化の『古きよき』を生活に取り入れ
独自のアレンジを楽しんでいる方が多く見受けられるようになりました。
また、諸外国では日本独自の柄や色彩・文化工芸に関心を持つ人が増え
『Kumihimo』という文化が、注目されるようになりました。


皆様に、より身近な和テイストとして『組紐』をお楽しみ頂ければ 幸いです。

Shopping Cart

カートの中に商品はありません

ショッピングカートを見る

Mail Magazine


Shop Manager
++古今Style組紐工房 綾屋++
店主:あややん
必死(?)な日々徒然ブログです。
日常の彼是や お得な情報満載!!
どうぞ
ごゆるりとご覧くださいませませ♪
店長日記



Mobile Shop
QR